「100万円払ったのだから、100万円分の仕事をしてくれるはずだ」
この期待は、建設業界の多重下請け構造の前では脆くも崩れ去る。
結論から言えば、消費者が支払う100万円のうち、実際に現場で刷毛を握る職人の労働対価として届く金額は、発注先によって20万円(20%)から45万円(45%)という極めて大きな振れ幅がある。
この記事では、外壁塗装工事における「お金の流れ」を解剖し、発注先による分配構造の違いを明らかにする。
外壁塗装100万円の内訳
工事原価の4つの柱
100万円という金額は、単一の要素ではなく、複数の異なる性質を持つコストの集合体だ。
■ 材料費:15〜20%(15〜20万円)→ 削減困難(面積で決まる)
■ 足場代:15〜20%(15〜20万円)→ 削減困難(安全規制・外注費)
■ 人件費(労務費):30〜45%(30〜45万円)→ 削減圧力を受けやすい
■ 利益・諸経費:20〜40%(20〜40万円)→ 発注先で大きく異なる
重要な事実
材料費と足場代という物理的コストだけで、すでに予算の約30〜40%(30〜40万円)が固定的に消費される。
したがって、残りの60〜70万円を「会社が取るか」「職人が取るか」で奪い合う構図が、塗装工事の経済的な本質だ。
発注先別:100万円の分配シミュレーション
ケースA:大手ハウスメーカー(重層下請けモデル)
大手ハウスメーカーに依頼する場合、消費者が支払う対価には以下が含まれる:ブランドの維持費、巨大な広告宣伝費、モデルハウスの運営費、多数の営業マンの人件費。これらは「安心料」として機能するが、工事の直接原価には寄与しない。
資金フローの構造:
・消費者支払額:1,000,000円
・ハウスメーカー取り分(30〜40%):▲300,000〜400,000円
・下請け塗装会社への発注額:600,000〜700,000円
・下請け会社取り分(10〜15%):▲60,000〜105,000円
・孫請け職人への発注額:約500,000円
・足場代(固定):▲150,000円、材料費(固定):▲150,000円
・職人の労務費:約200,000円
還元率:約20%。元請けのマージンが大きいため、下請け業者は「いかに安く、早く終わらせるか」という極限のコスト管理を強いられる。
ケースB:地域密着型・自社施工の塗装専門店(直販モデル)
自社で職人を雇用(または専属の一人親方と契約)している専門店の場合、中間マージンが発生しないため、資金の純度が高まる。
資金フローの構造:
・消費者支払額:1,000,000円
・会社経費・営業利益(25〜30%):▲250,000〜300,000円
・現場実行予算:700,000〜750,000円
・足場代(固定):▲150,000円、材料費(予算に余裕あり):▲200,000円
・職人の労務費:350,000〜400,000円
還元率:約35〜40%。職人に十分な日当と工期を提供できるため、丁寧な仕事が可能になる。
ケースC:訪問販売・激安業者(高マージン・低品質モデル)
「足場代無料」「モニター価格」を謳う訪問販売業者の場合、一見安く見えるが、内実は営業歩合の塊であるケースが多い。
資金フローの構造:
・消費者支払額:1,000,000円
・営業マン歩合・会社利益(40〜50%):▲400,000〜500,000円
・下請け職人への丸投げ額:500,000円以下
・足場代(固定):▲150,000円、材料費(固定):▲150,000円
・職人の労務費:150,000〜200,000円
還元率:15〜20%以下。この領域では、職人は「手抜き」をしなければ赤字になるという、倫理を超えた生存競争に晒される。
発注先別の還元率まとめ
■ ハウスメーカー:約20万円(還元率20%)→ 工期短縮圧力が強い
■ 塗装専門店(自社施工):35〜40万円(還元率35〜40%)→ 十分な工期を確保できる
■ 訪問販売・激安業者:15〜20万円(還元率15〜20%)→ 手抜きしないと赤字
25万円の差額は、そのまま「施工にかける時間と情熱」の差となって現れる。
職人の日当から見る現実
適正工事に必要な人工数
30〜40坪の戸建て住宅を、メーカー規定通りに3回塗りする場合の必要人工数:
・高圧洗浄・乾燥:1.0〜1.5人工
・養生:2.0〜3.0人工
・下地調整(クラック補修・ケレン):2.0〜4.0人工
・下塗り:2.0〜3.0人工
・中塗り:2.0〜3.0人工
・上塗り:2.0〜3.0人工
・付帯部塗装(雨樋・破風・軒天):4.0〜6.0人工
・片付け・検査:1.0〜2.0人工
合計:約20〜25人工(1人で約20〜25日、2人一組なら約10〜12日の実働が必要)
労務費から逆算する職人の日当
■ ケースA(ハウスメーカー):労務費20万円 ÷ 20人工 = 10,000円/日 → 危険水準
■ ケースB(塗装専門店):労務費40万円 ÷ 20人工 = 20,000円/日 → 適正水準
■ ケースC(訪販・激安):労務費15万円 ÷ 20人工 = 7,500円/日 → 崩壊水準
この数字が意味すること
ケースAやCで、まともに20人工かけて仕事をすれば、職人の日当は7,500円〜10,000円。コンビニのアルバイトと変わらないか、経費(ガソリン代・道具代)を引けばそれ以下になる。
これでは職人は「手抜き」をしなければ生活できない。
低還元率が引き起こす手抜き工事
手法1:工程の省略(人工を減らす)
本来20人工かかる仕事を10人工で終わらせれば、労務費20万円でも日当2万円を確保できる。
具体的な手口:3回塗りを2回塗りに(中塗り省略)、乾燥時間の無視(1日で3工程を強行)、養生の簡略化
手法2:材料費の削減(希釈率の無視)
規定以上に塗料を薄めれば、伸びが良くなり早く塗れる上、塗料缶の数も減らせる。しかし、形成される塗膜は薄く、耐久性はカタログスペックの半分以下になる。
構造的な問題
下請け職人は元請けからの仕事を失うことを恐れ、無理な予算でも断れない立場にある。「この予算でやってくれ、嫌なら他の業者に頼む」——この構造的な上下関係が、手抜き工事をシステムとして温存させている。
塗料グレードによる注意点
使用する塗料が高価になるほど、材料費の割合が増え、労務費が圧迫される。
■ シリコン:2,000〜3,000円/㎡、耐久10〜15年 → 標準:十分な労務費を確保しやすい
■ ラジカル:2,500〜3,500円/㎡、耐久12〜16年 → 推奨:コスパが良い
■ フッ素:3,500〜4,500円/㎡、耐久15〜20年 → 高額:労務費が圧迫される恐れ
■ 無機:4,500〜5,500円/㎡、耐久20年以上 → 最高額:材料費だけで30万円超の可能性
100万円の予算で「無機塗料」を提案された場合、どこかに無理がある(手抜きのサイン)可能性が高い。
適正な分配を見極める方法
方法1:見積書の内訳を精査する
「塗装工事一式」という見積もりは拒否し、足場代、高圧洗浄、養生、下塗り・中塗り・上塗り(それぞれの単価と数量)、付帯部塗装が明記された見積もりを要求する。
方法2:「人工数」を聞き出す
「延べ何人の職人が何日間入りますか?」——この質問に明確に答えられる業者は信頼性が高い。見積もりの労務費を人工数で割り、1人工あたり15,000〜20,000円以上あるかを確認する。
方法3:直接施工業者を選ぶ
中間マージンを排除するため、自社職人を抱える地域の塗装専門店を候補に入れる。ただし、自社施工を謳いながら実際は丸投げしている業者もいる。「職人さんと直接話せますか?」と確認するのも有効。
方法4:極端な値引きに警戒する
「足場代無料」「今なら50万円値引き」は、元々上乗せされた利益を削っているか、職人の労務費(=品質)を削っているかのどちらか。適正な工事には適正な原価がかかる。過度な安さを求めないことが、結果として自宅を守ることにつながる。
方法5:施工記録の提出を条件にする
契約時に、各工程(洗浄後、下地処理後、下塗り後、中塗り後、完了後)の写真提出を条件に盛り込む。これにより、職人は手抜き(工程省略)ができなくなり、適正な手間をかけざるを得なくなる。
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まとめ
外壁塗装工事における「100万円」は、発注先によってその意味合いが全く異なる。
職人に届く金額と割合:
・ハウスメーカー:約20万円(還元率20%)
・塗装専門店(自社施工):35〜45万円(還元率35〜45%)
・訪問販売・激安業者:15〜20万円(還元率15〜20%)
適正な品質を確保するためには、最低でも35%以上(約35万円)が職人の労務費として確保されている必要がある。
消費者は「価格」だけでなく、「その価格がどう分配されるか」というプロセスの透明性を重視する視点を持つことが、リフォーム成功の鍵となる。
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